[鉄道] 三木鉄道の線路撤去開始 3/3 (三木鉄道 三木線)
廃線から約1年経過した三木鉄道で、ついに線路の撤去工事が行われてます。「少しでも形が残ってるうちに、もう1度見てまわらねば」と思って、5月31日に三木鉄道の全駅をまわってきたので、先日から、3回に分けて書いてます。
今回の3回目(最終回)は、東側の駅(別所駅・高木駅・三木駅)について書きます。
・ 別所駅

播州鉄道時代からの古い木造の駅舎です。駅舎等、ほぼ開業時の状態のまま残ってました。駅隣の踏切や、遮断機等の設備もまだ残ってます。


駅のホームには、トロッコ車両がとまってました。撤去作業用とはわかっていても、廃線後の線路上で車両が見れて、少し嬉しいです。(^^ゞ
西這田駅側を見ると、重機が近くまで迫ってきてるのが見えます。
・ 高木駅


国道の高架をくぐったところにあります。ホーム上に上屋がある簡易な駅です。(下石野駅等と同じく、三木鉄道になって追加された駅です。)
線路や設備等の撤去はまだでしたが、雑草が目につきます。開業当時の姿のまま、時代が経過した遺跡のような感じがしました。
・ 三木駅


三木鉄道三木線の終点が三木駅です。駅舎の入り口にはベンチがおかれ、中に入ることはできません。この駅の線路等は、他の駅と違い、雑草等生えておらず、綺麗な状態で維持管理されてる感じがしました。
駅の設備もそのまま残ってました。車庫の中には、車両(ミキ300-103)がまだ入ってると思いますが、シャッターが閉まってて確認することはできませんでした。
三木鉄道三木線は6.6Kmという短い区間の鉄道でしたが、9駅もあって、独特の趣があって等々、駅巡りをしてていろいろな思いがこみ上げてきました。
大正・昭和・平成と3つの時代を駆け抜けた三木線。播州鉄道・播但鉄道・国鉄・三木鉄道と形態を変えながらも、ここを列車は走ってました。昨年、無事役目を終え、歴史の中の存在となってしまいましたが、廃線になる時期に立ち会ったものとして、そんな鉄道があったことをこれからも長く覚えておきたくて、今回BLOGに書きました。
追記)
三木駅に残る三木鉄道最後の車両(ミキ300-103)の引っ越しが決まりました。
近日中に、ひたちなか海浜鉄道(茨城県)に引っ越すそうです。
(写真等upしたいので、追記の続きを6月4日と6月8日のBLOGに移動しました。)
今回の3回目(最終回)は、東側の駅(別所駅・高木駅・三木駅)について書きます。
・ 別所駅

播州鉄道時代からの古い木造の駅舎です。駅舎等、ほぼ開業時の状態のまま残ってました。駅隣の踏切や、遮断機等の設備もまだ残ってます。


駅のホームには、トロッコ車両がとまってました。撤去作業用とはわかっていても、廃線後の線路上で車両が見れて、少し嬉しいです。(^^ゞ
西這田駅側を見ると、重機が近くまで迫ってきてるのが見えます。
・ 高木駅


国道の高架をくぐったところにあります。ホーム上に上屋がある簡易な駅です。(下石野駅等と同じく、三木鉄道になって追加された駅です。)
線路や設備等の撤去はまだでしたが、雑草が目につきます。開業当時の姿のまま、時代が経過した遺跡のような感じがしました。
・ 三木駅


三木鉄道三木線の終点が三木駅です。駅舎の入り口にはベンチがおかれ、中に入ることはできません。この駅の線路等は、他の駅と違い、雑草等生えておらず、綺麗な状態で維持管理されてる感じがしました。
駅の設備もそのまま残ってました。車庫の中には、車両(ミキ300-103)がまだ入ってると思いますが、シャッターが閉まってて確認することはできませんでした。
三木鉄道三木線は6.6Kmという短い区間の鉄道でしたが、9駅もあって、独特の趣があって等々、駅巡りをしてていろいろな思いがこみ上げてきました。
大正・昭和・平成と3つの時代を駆け抜けた三木線。播州鉄道・播但鉄道・国鉄・三木鉄道と形態を変えながらも、ここを列車は走ってました。昨年、無事役目を終え、歴史の中の存在となってしまいましたが、廃線になる時期に立ち会ったものとして、そんな鉄道があったことをこれからも長く覚えておきたくて、今回BLOGに書きました。
追記)
三木駅に残る三木鉄道最後の車両(ミキ300-103)の引っ越しが決まりました。
近日中に、ひたちなか海浜鉄道(茨城県)に引っ越すそうです。
(写真等upしたいので、追記の続きを6月4日と6月8日のBLOGに移動しました。)
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